9月24日は「みどりの窓口記念日」です。
1965年9月24日、日本国有鉄道(国鉄)の主要駅などに「みどりの窓口」が開設されました。
現在ではJRの駅でおなじみの「みどりの窓口」ですが、誕生から61年。今日は、その始まりを振り返ってみたいと思います。
1965年9月24日、「みどりの窓口」が誕生
1965(昭和40)年9月24日、国鉄の主要152駅と日本交通公社(現JTB)の83か所の営業所に「みどりの窓口」が開設されました。
「みどりの窓口」は、指定席券などを発売するための窓口です。
現在なら、駅の端末から列車の空席を検索して、その場で指定席を発券できます。
しかし、1960年代の指定券発売は現在とは大きく異なっていました。
当時は特急列車や寝台列車などの指定券・寝台券を列車ごとの台帳で管理しており、空席の確認や予約の際には、窓口から電話で問い合わせる必要がありました。
そのため、指定券の発行に1~2時間かかることもあり、同じ座席を重複して販売してしまう問題もあったとされています。
そこで、コンピューターと通信回線を利用して指定席を管理する仕組みが導入され、「みどりの窓口」が誕生しました。
いまでは当たり前になっている「駅の窓口で全国の列車の指定席を予約する」というサービスは、この時代に大きく変わったことになります。
当初は全国152駅に開設
1965年9月24日に「みどりの窓口」が設置されたのは、全国の主要駅でした。
岡山県内では岡山駅・倉敷駅・宇野駅に設置されています。
当時の国鉄は、東京駅や大阪駅などの大都市圏の駅だけでなく、全国の主要駅をネットワークで結び、指定席の予約をできるようにしていました。
「東京の駅で北海道や九州方面の列車を予約する」といった現在では普通になっていることも、当時としては大きな変化だったのでしょう。
鉄道の高速化だけでなく、きっぷの発売方法もコンピューターによって大きく変わっていった時代です。
「みどり」の名前はどこから?
ところで、なぜ「みどりの窓口」という名前なのでしょうか。
名前の由来には、ここで発売されるきっぷの地紋が淡い緑色だったことが関係しています。
「みどりの窓口」という名前は、現在ではJRの駅を象徴するものの一つになっています。
ただし、JR化後は各社によって窓口の名称や案内方法にも違いが見られます。
例えばJR東海では、現在「みどりの窓口」ではなく「JR全線きっぷうりば」という表記が使われています。
それでも、鉄道ファンだけでなく一般の人にも「みどりの窓口」という言葉は広く知られています。
いまは「みどりの窓口」そのものが変わりつつある
1965年にコンピューターによる指定席予約のために誕生した「みどりの窓口」ですが、現在はその姿も変わりつつあります。
指定席券売機やインターネット予約サービスが普及し、駅の窓口を訪れなくても自分で列車を予約できるようになりました。
一方で、複雑なきっぷを購入するときや、乗り継ぎが多い旅行、特別なきっぷを利用するときなどには、駅係員に相談しながら購入したいという需要もあります。
そのため、JR各社ではみどりの窓口を減らす動きがある一方、利用状況などを踏まえて窓口を維持・見直す取り組みも行われています。
「みどりの窓口」は、単なるきっぷ売り場ではなく、鉄道の予約システムが大きく変化してきた歴史そのものともいえそうです。
では、現在はどの駅に「みどりの窓口」が残っているのでしょうか。JR6社の設置駅については、こちらの記事でまとめています。
61年前に始まった「駅で全国の列車を予約する」仕組み
1965年9月24日に始まった「みどりの窓口」。
現在では、スマートフォンから指定席を予約することも珍しくありません。
しかし、わずか61年前には、指定席の空席確認や予約のために電話や台帳を使っていたのです。
そう考えると、鉄道の「きっぷを買う」という行為も、コンピューターや通信技術の進歩によって大きく変わってきたことが分かります。
そして現在は、みどりの窓口そのものが次の時代へ移ろうとしています。
9月24日の「みどりの窓口記念日」は、そんな鉄道のきっぷ販売の歴史を振り返る日として覚えておきたいですね。

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