「マイテ49形2号展望車」を鉄道記念物に指定 2018年の旧津山扇形機関車庫と転車台以来8年ぶり

展望車(富士ヘッドマーク) JR西日本

JR西日本は2026年10月14日、京都鉄道博物館で保存・展示している「マイテ49形2号展望車」を鉄道記念物に指定しました。

マイテ49形2号は、戦前の特急「富士」をはじめ、「はと」「つばめ」などで活躍した一等展望車です。客車特急の時代を今に伝える貴重な車両で、2024年には準鉄道記念物に指定されていました。

今回、鉄道記念物への指定に先立って復元工事も完了しています。JR西日本管内では、2018年の旧津山扇形機関車庫と転車台以来、8年ぶりの鉄道記念物指定となりました。

「マイテ49形2号展望車」を鉄道記念物に指定

JR西日本ホームページ

マイテ49形2号展望車とは

マイテ49形2号展望車は、1938年(昭和13年)に製造された一等展望車です。

東京~下関間の特急「富士」に使用するために製造され、戦後は特急「はと」「つばめ」などでも活躍しました。

全溶接構造の丸屋根や、冷房化に対応した設計など、当時の新しい技術が採用されていることも特徴です。また、新製された一等展望車としては最後の形式にあたり、現在まで残る一等展望車は、マイテ49形2号を含めて2両のみとなっています。

戦後の接収時や、その後の保存・復籍の際にも大きな改造を受けておらず、製造当時の姿をよく残していることも、貴重な点のひとつです。

営業運転終了後も保存 SLやまぐち号などでも活躍

マイテ49形2号は1961年に営業運転を終了し、翌1962年に大阪市(大阪環状線弁天町駅そば 現在は閉館)に開業した国鉄の交通科学館に収蔵されました。

その後、JR西日本の発足後には、安全対策やサービス向上のための工事を施したうえで、「SLやまぐち号」などの客車として営業運転を行いました。

保存車両でありながら、実際に列車に連結されて走行する機会があったことも、この車両の歩みを語るうえで欠かせません。

2009年8月15日の「SLやまぐち号」での運行が営業運転としては最後となります。

その後、2022年10月6日~11日の間、京都鉄道博物館で「SLスチーム号」として運行したのがお客さんを乗せての最後の運行となります。

同年10月14日の鉄道開業150周年の日に、京都鉄道博物館の収蔵車両となりました。

そして2024年10月14日の「鉄道の日」に準鉄道記念物に指定され、今回、2026年10月14日付で鉄道記念物に指定されました。

復元工事を終え、鉄道記念物に

今回の指定にあたっては、後年に追加された機器類の撤去や内装の復元工事が行われ、2026年10月に完了しました。

JR西日本は、客車特急の時代を今日に伝える貴重な鉄道遺産であることなどを、鉄道記念物への指定理由として挙げています。

鉄道記念物は、国鉄が1958年に制定した制度です。鉄道の発展にとって特に重要な価値を持つ車両や設備、建造物、古文書などが対象となります。

JR西日本では、鉄道文化遺産を「鉄道記念物」「準鉄道記念物」「登録鉄道文化財」に区分して保存・管理しています。マイテ49形2号は、準鉄道記念物から鉄道記念物へと指定が変わりました。

JR西日本管内では2018年以来の指定

JR西日本管内では、2018年に旧津山扇形機関車庫と転車台が鉄道記念物に指定されています。今回のマイテ49形2号展望車は、それ以来8年ぶりの指定となります。

旧津山扇形機関車庫は、岡山県津山市の津山まなびの鉄道館に保存されている鉄道施設です。扇形の車庫や転車台は、蒸気機関車が活躍していた時代の鉄道の姿を今に伝えています。

岡山県内には、津山まなびの鉄道館の旧津山扇形機関車庫や転車台のほか、津山駅北口広場に展示されている蒸気機関車C11形80号機など、鉄道の歴史を伝える施設や車両があります。

C11形80号機は、2026年10月14日の「鉄道の日」に合わせて清掃され、きれいな姿になりました。津山を訪れた際には、こうした駅前の鉄道遺産にも注目してみてはいかがでしょうか。

一方、マイテ49形2号は、戦前・戦後の特急列車で活躍した一等展望車です。鉄道施設と車両という違いはありますが、どちらも当時の鉄道の歴史や技術を伝える貴重な存在といえます。

日々の列車の運行だけでなく、こうした車両や施設を保存し、次の世代へ伝えていくことも、鉄道の歴史を残すうえで大切な取り組みです。

京都鉄道博物館を訪れる機会があれば、客車特急の時代を今に伝えるマイテ49形2号展望車にも注目してみてはいかがでしょうか。

リンク:JR西日本「『マイテ49形2号展望車』を鉄道記念物に指定」

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