鉄道のローカル線問題について、「公共交通が必要なら自治体が手当てすべきで、民間企業に公共交通としての役割を求めるのはおかしい」という意見があります。
確かにJR各社は現在、民間企業です。
民間企業である以上、鉄道事業を継続するためには、利用状況や収支、将来の人口動向などを考える必要があります。
一方で、JRは一般の民間鉄道会社と全く同じ経緯で誕生した会社ではありません。
国鉄改革によって誕生したJRには、現在も国鉄改革の経緯を踏まえた一定の配慮が求められています。
また、JR西日本のローカル線問題への向き合い方を見ていると、「赤字だから鉄道を廃止する」という単純な話だけではなく、「地域にとってどのような交通体系が適切なのか」という議論を進めようとしていることが分かります。
JRには現に営業する路線の「適切な維持」が求められている
JR本州3社は2001年にJR会社法の対象から外れ、民間企業としての経営の自由度が高まりました。
しかし、その際に国土交通大臣が定めた「新会社がその事業を営むに際し当分の間配慮すべき事項に関する指針」があります。
この指針では、JR各社に対して、国鉄改革後の輸送需要の動向などを踏まえ、「現に営業する路線の適切な維持に努める」ことが求められています。
また、現に営業している路線を廃止しようとするときには、関係する地方公共団体や利害関係人に対して十分に説明することも求められています。
つまり、「JRは民間企業なのだから、赤字になった路線は会社の判断だけで自由に廃止すればよい」という整理にはなりません。
一方で、この指針が「赤字路線を必ず維持しなければならない」と定めているわけでもありません。
JRには路線の適切な維持が求められる一方、社会情勢や利用状況が変化した場合には、地域と協議しながら路線のあり方を考えることも求められていると見ることができます。
JR発足後、ローカル線はすぐに自由に廃止されたのか
ここで、JR発足後のローカル線廃止の歴史も見ておきたいと思います。
国鉄が分割民営化されJR各社が発足したのは1987年です。その際、国鉄時代から大きな問題となっていたローカル線については、「特定地方交通線」としてバス転換などが進められていました。
そのため、JR発足後の路線廃止を考える場合には、特定地方交通線として廃止された路線と、それ以外の路線を分けて考える必要があります。
特定地方交通線以外で、2001年までにJRが経営上の理由などから廃止した路線を見ると、主な例は次の3つです。
| JR | 路線 | 廃止区間 | 廃止年 |
|---|---|---|---|
| JR北海道 | 函館本線上砂川支線 | 砂川~上砂川 | 1994年 |
| JR北海道 | 深名線 | 深川~名寄 | 1995年 |
| JR西日本 | 美祢線大嶺支線 | 南大嶺~大嶺 | 1997年 |
もちろん、この3路線にもそれぞれ事情があります。
上砂川支線は、沿線の炭鉱閉山などによって輸送需要が大きく減少していました。
深名線は、国鉄時代には特定地方交通線としての廃止対象から除外されていましたが、その後に道路整備が進み、JR発足後に廃止されています。
美祢線の大嶺支線も、かつての石炭輸送という役割が失われ、旅客輸送の需要も非常に少なくなったことから廃止されました。
こうして見ると、JR発足から2001年までの約14年間に、特定地方交通線として整理された路線以外で廃止された路線は、決して多くありません。
これは「JRは赤字路線を廃止してはいけない」という意味ではありません。実際、2001年以降にはJR西日本の可部線可部~三段峡間など、ローカル線の廃止事例が出てきます。
ただ、「JRは民間企業になったのだから、採算が悪ければ自由にローカル線を廃止してきた」とだけ考えると、JR発足後の歴史とは少し違って見えてきます。
むしろ、JR発足後の初期には、国鉄改革の経緯を踏まえながら、既存の路線を維持することも重視されていました。
そして、この時期の考え方を考えるうえで重要なのが、2001年に示された「新会社がその事業を営むに際し当分の間配慮すべき事項に関する指針」です。
この指針には、JRについて「現に営業する路線の適切な維持に努める」ことや、路線を廃止する場合には関係地方公共団体などに十分な説明を行うことなどが盛り込まれています。
もちろん、この指針だけをもって「JRは赤字路線を廃止できない」と考えることもできません。
一方で、JRが単純に「民間企業なのだから、採算が合わない路線はすぐに廃止する」という会社としてスタートしたわけではないことも、国鉄改革から現在までの歴史を見るうえでは押さえておきたいところです。
これ以外の2001年より前に廃線となった路線は次の路線です。
- JR西日本片町線(京橋~片町:1997年3月8日)
- JR東日本信越本線(横川駅~軽井沢駅:1997年9月30日)
こちらは、JR東西線・北陸新架線(長野行新幹線)の開業によるものですので経営的な理由とは異なります。
JRは民間企業だから「利益」を考える
もちろん、JRが民間企業である以上、利益を考えることは当然です。
株主から見れば、企業価値を高め、利益を上げていくことは重要な経営課題です。
しかし、企業にとっての利益や価値を、その年の鉄道事業の営業収支だけで考える必要はありません。
例えば、あるローカル線を維持することで、
- 地域に貢献する企業というイメージが形成される
- 沿線自治体や地域住民との信頼関係を維持できる
- 沿線の観光や交流人口の拡大につながる
- 駅や沿線を活用した不動産・商業事業につながる
- 将来的な鉄道利用や沿線価値の向上につながる
といった効果も考えられます。
JR西日本自身も、社会的価値と経済的価値をあわせて創出することを掲げています。
つまり、あるローカル線が単体では赤字だったとしても、それだけでJR西日本にとって「価値がない」とは限りません。
もちろん、だからといって赤字路線を無条件に残すべきということではありません。
鉄道を維持することで得られる価値と、そのために必要となるコストを比較したうえで、鉄道として残すのか、バスなど別の交通モードに転換するのかを考える必要があります。
ここは「民間企業なのだから赤字路線は廃止」という単純な話ではないところです。
JR西日本が使う「地域にとって最適な交通体系」という言葉
ここで興味深いのがJR西日本の地域交通に対する考え方です。
JR西日本は「最適な地域交通体系の模索・実現」というページを設けています。
そこでは、まちづくりに合わせた「持続可能で最適な交通体系」を地域とともに模索し、実現していくとしています。
これは、ローカル線問題を「鉄道を残すか、廃止するか」という二択だけで考えないということでもあります。
鉄道を維持することが地域にとって最適なのか。
鉄道とバスを組み合わせる方がよいのか。
デマンド交通など別の交通手段を組み合わせる方がよいのか。
そうした議論を自治体や地域と一緒に考えるという方向です。
JR西日本は鉄道会社ですが、鉄道だけを扱っているわけではありません。
地域交通の課題に対して、バスやタクシー、デマンド交通、MaaSなどを含めた交通体系を考えることも、JR西日本の事業の一つになっています。
「赤字だから廃止」と「地域交通の再構築」は少し違う
もちろんJR西日本も、ローカル線の利用状況や収支を公表しています。
赤字であることを問題にしていないわけではありません。
しかし、JR西日本が地域交通について説明するときには、「赤字だから廃止」という表現だけではなく、「地域にとって持続可能で最適な交通体系は何なのか」という観点を前面に出しています。
人口減少などによって鉄道利用が減少し、鉄道の大量輸送という特性を十分に発揮できていない地域では、鉄道そのもののあり方を考え直す必要があります。
その際に重要なのは、鉄道を残すことそのものではなく、地域に必要な移動手段をどう確保するのかということです。
私鉄では「鉄道存続」と「バス転換」がより直接的な交渉材料になることも
一方、私鉄では、自治体との協議の中で「鉄道を存続させるのか、それとも廃止して別の交通手段へ転換するのか」が、より直接的な形で示されるケースがあります。
例えば名古屋鉄道では、利用者の少ない広見線について、沿線自治体が「みなし上下分離方式による鉄道存続」と「鉄道廃止・路線バス転換」の2案を評価・検討する枠組みが示されています。
鉄道を残すのであれば、自治体側にも相応の負担を求めるという考え方です。
富山地方鉄道でも、鉄道事業の維持について行政との協議が行われています。
このようなケースでは、「鉄道を維持するために自治体がどこまで負担するのか」という問題が、かなり直接的な形で議論になります。
JR西日本の場合も自治体との協議は行われています。
ただし、現在の同社の説明を見ると、単純に「赤字だから自治体が補填しなければ廃止する」という表現よりも、地域交通全体をどのように再構築するかという言葉が目立ちます。
これは、JRと私鉄のどちらが正しいという話ではありません。
鉄道会社によって、自治体との協議の進め方や、鉄道事業と地域交通をどのように位置づけるかが異なっているということです。
「JRは民間企業だから自治体が全部負担すべき」では割り切れない
では、JRのローカル線を誰が維持するべきなのでしょうか。
これは簡単に答えを出せる問題ではありません。
鉄道を利用する人が少なくなり、鉄道の大量輸送という特性を十分に生かせなくなっているのであれば、鉄道事業者だけに維持を求め続けることにも限界があります。
一方で、JRには国鉄改革を引き継いだ会社として、現に営業している路線の適切な維持に努めることや、路線を廃止する場合に地域へ十分説明することが求められています。
そしてJR西日本自身も、鉄道だけでなくバスなどを含めた地域交通の構築に取り組んでいます。
そのため、
「JRは民間企業なのだから、公共交通が必要なら自治体が全部用意すればいい」
という一言だけで片付けることもできません。
逆に、
「公共交通だからJRが赤字でも鉄道を維持すべきだ」
というだけでも、持続可能な地域交通を考えることにはなりません。
大切なのは「鉄道を残すこと」だけではない
ローカル線問題を考えるとき、鉄道を残すことそのものが目的になってしまうことがあります。
しかし、本来の目的は、地域の人が必要な場所へ移動できる交通手段を確保することです。
鉄道の利用実態によっては、列車の本数を増やす、駅を使いやすくする、バスと接続するなどの方法が考えられます。
場合によっては、鉄道からバスへ転換することで、より地域の実態に合った交通サービスを構築できる可能性もあります。
一方で、鉄道には道路混雑の影響を受けにくい、大量輸送ができる、定時性が高いといった特性があります。
だからこそ、鉄道を残すのか、別の交通手段へ転換するのかは、単純な赤字額だけではなく、地域の人口、利用実態、通学・通院需要、道路事情、観光需要、将来のまちづくりなどを含めて考える必要があります。
JR西日本が掲げる「最適な地域交通体系」という考え方は、こうしたローカル線問題を考える一つの視点になるのではないでしょうか。

